小国民の常識ですよ!

大東亜戦争小国民の常識』(昭和18年

最近非常識な若者が増えた――とよく言われる。それに比べて「大東亜戦争」下では、公式の「常識」が配給されていたので、小国民たちはそれを覚え込めばよかった……かのようだ。昭和18(1943)年刊行の子ども向けパンフレット『大東亜戦争小国民の常識』を眺めていると、なんだかそんな気がしてくる今日この頃である。

このパンフレットは、当時の国民学校生徒の上級学校受験用に、口頭試問の模範解答を覚え込むための受験参考書として使われていたらしい。本文はすべて「問」と「答」形式で埋め尽くされており、その数は一八二コ。「第一章 大東亜戦争と私達の決意」からはじまって、「第二章 銃後生活と私達の務」「第三章 戦時学校生活と私達の道」という構成になっており、「大東亜戦争開戦の理由」から「掃除当番の仕方」まで、こと細かに模範解答が用意されている。これを全部覚えれば、キミも明日から神国ニッポンの立派な小国民になれる!……はずだ。いくつか香ばしい想定問答を抜き出してみよう。


大東亜戦争の常識】

まずは「大東亜戦争の目的」がはっきりわかっているかどうか、これがよい小国民と悪い小国民との最初のわかれ道であります。

大東亜戦争の目的は何か
○日本の自存自衛の為、引いてはアジヤ民族の為に、米英勢力をアジヤから追払ふと共に、敵国米英を徹底的に打破り、東亜および世界永遠の平和を確立する為であります。

――まあ、これは当時の公式見解だったのでしょう……と簡単に片付けたいところだが、2006年の現在でも、まるっきり「昔の常識」と片付けることができないのが悲しい。たとえば8月15日に靖国神社に行ってごらんなさい。いまだにこの模範回答を「常識だ」と思っている元小国民・前小国民や現役小国民おまけに小市民がたくさん集合している。いつの世にも騙されやすい人はいるものだが、戦後60余年にわたって昔の大義名分を信じ込み、挙げ句のはてに今でもそれに引き込もうとしている阿呆がいるところなど、きわめて悪質なマルチ商法の残党……といった風情である。

●護国の英霊をお迎へした事がありますか。その時どんな感じを持ちましたか。
○お迎へ申した事があります。元気に勇ましく出征なさつた勇士が、今護国の神として無言の凱旋をなさるのかと思ふと大変おいたわしい感じで、胸のふさがる思ひが致します。護国の英霊に対して、どんなに感謝しても感謝しきれない心で一ぱいになると共に、私達もきっと御後を守つて米英撃滅に全身を捧げます事を御誓ひ致すのであります。

――ほらね、当時の小国民の模範回答と、靖国神社が大好きな日本の首相のコメントがほとんど同じというのも、たいへん興味深くかつ情けないことであります。
 やがて問答は、皇軍のカクカクたる戦果に関する知識を問うものに移る。「開戦前の大東亜における米英の領土はどこか」「開戦以来の皇軍の主要な戦果を挙げなさい」と、さながら地理の授業風だ。もちろん「ミツドウエイ海戦」をはじめ、どの戦も大勝利ということになっており、「虚構と現実の区別がつかない」のは何も最近のゲーム脳の子どもだけではなく、神国ニッポンのお家芸であったことがわかる。そんな大本営発表的事実への認識(=ちゃんとダマされているかどうか)を確かめた上で、こんな質問も……。

●我が軍がシンガポール昭南島)に大戦果を収め得た理由は何ですか
天皇陛下の御稜威と神霊の加護によることは勿論、我が将士が一身一家をかへりみず、よく強敵に対して力闘奮戦し、銃後の国民もまたよく協力一致国難にあたつたからであります。
●日本の兵隊さんの強いわけは。
○一度出でては帰らざるの尽忠報国の精神に燃えて、一身一家を忘れて働いて下さるからであります。

――模範的小国民ならば、このくらいのことはスラスラ出てこなければならなかったようだ。しかし「大戦果」の根拠が「天皇陛下の御稜威と神霊の加護」&「尽忠報国の精神」だというのだから、近代戦争を戦っている軍隊とは思えないオカルトぶりである。