小国民の思想戦

(承前)
【「感想」まで用意されていた!】

特別攻撃隊真珠湾攻撃の特殊潜航艇隊。いわゆる「九軍神」のこと)のお話の中でも、どんなところに一番感激しましたか。
○大君の為に一名を捧げ、生死を超越して敵地に乗込まれた事に感激しました事は勿論、特に九勇士の方々が共に親孝行な方であつて、少年時代からすぐれた考へを持って見えた事や、特に特殊潜航艇が岩佐中佐以下の方々が心血を注いで立案された新武器であつた事等涙のこぼれる様な心持ちが致します。

この想定問答集が怖いのは、「常識」はもちろん、模範的「感想」までも子どもたちに叩き込もうとしているところだ。右の真珠湾特攻への模範「感想」なぞその好例で、どう見てもオトナの作文なのだが、これを第二次性徴前の少年少女が「涙のこぼれる様な心持ち」なんてさえずるのだから、たまらない。
 昭和一七年四月に、日本は初めて米軍機による本土空襲を受ける。以後、サイパンテニアン・グアム陥落とともに空襲は激しさをます。本書が刊行された昭和一八年一二月はその直前。防空教育はさかんに行われていた反面、リアルな空襲を体験してはいないために、かなり珍妙な空襲観が問答にあられている

●空襲を受けた事を知って何を感じましたか。
○こしやくな米国め、私達子供でも充分の働きをして、国土を防衛しなくてはならぬとつくづく感ずると共に、
(イ)空襲と言ふものは、国民の心構さへしつかり出来てゐればそれ程恐ろしいものでない事を知り
(ロ)あの空襲の結果、却って国民の心を一致させた事が分り、日本国民の頼もしさを感じ
(ハ)たとへ今後幾度空襲があっても、恐れず、落着いて、国民全体が一致して当れば決して恐ろしいものでない事をはつきり感じました。

何というトンデモ教育をしていたことか! おまけに「こしやくな米国め」まで「感じた」ことにされちゃって……。「空襲と言ふものは、国民の心構さへしつかり出来てゐればそれ程恐ろしいものでない」などと強がらせていたことも、多くの犠牲者を出した一要因ではないのか。しかも「あの空襲の結果、却って国民の心を一致させた事が分り、日本国民の頼もしさを感じ」などと子どもが考えたとしたら、相当キモチ悪いよ。

●思想戦とはどういふ事ですか
○心の戦といふ意味で、どんなに戦が困難でも、戦が長期に渉っても、或は悪い思想を国民にひろめ様とする者があつても、どこまでも国民の心が戦争に勝抜く為に一致して動揺せず、却って敵国の思想を動揺させて戦に勝たうとする事を思想戦と云ひます。

●見知らぬ人から国家の秘密に関するやうな事を聞かれた場合どうおしますか。
○見知らぬ人から一寸不審と思はれることを尋ねられた場合、決して正しい答をしないで、すぐ附近の交番なり人に知らせます。

――「戦ふ銃後の小国民」は思想戦の担い手として、そして防諜戦の要員として、徹底的に戦争教育がたたき込まれていたのがわかるが、そもそも子どものくせに「国家の秘密」を知っているのならば「防諜」といってもザル抜けではないか。それはともかく、「決して正しい答をしない」には笑った。なんと費用のかからない防諜対策であることよ。


【山本元帥に続け!】

●山本元帥の仇や、ガ島で散つた一万六千余柱の仇、アツツ島で玉砕された二千余柱の勇士の仇は必ずとつてみせると決意してゐるのですね
○ハイ してゐます。

――「ハイ してゐます」……こんな返事までこの業者は作文してやがるのだ。どう考えても余計だろ! しかし試験官は「ハイ」では許してくれない。右の質問に続くのは――

●山本元帥に続け。と言はれてゐますがどうしたらそれが出来ますか
○山本元帥は常に米英撃滅の為に、御身の事は少しもお考へにならずに兵の陣頭に御立ちになつてゐました。この山本元帥の魂「米英撃ちてし止まむ」この精神を毎日の生活の中に表して、自分の務めに全力を捧げ尽くす、御国に全身全霊を捧げ切る事が、山本元帥に続く事であります。

おいおい、そこまで突っ込むなよ! 小生だったら……多分……「先生はどうして山本元帥に続かないのですか?」などと生意気な逆質問をしかけて拳骨を浴びそうな気がする。
この問答集から立ちのぼる、尽忠報国・滅私奉公の濃厚な香りにはいい加減うんざりしてくるが、神国・ニッポンは学校の掃除当番にも断固介入した。

●掃除当番はどういふ考へを以て行はねばなりませんか
○掃除当番はただ学校をきれいにするという目的ばかりでなく、勤労精神を養ひ、国体訓練共同精神を養ふ等、大きな目的がありますから、真面目に、力一ぱい行はねばなりません

学校の掃除もまた国家意識を涵養する手段として活用されたというのだから、もう呆れかえって言葉が見つからない。敢えて言うなら「おい、余計なことを考えずに真面目に掃除しろ! おまえは掃除に真正面から向き合ってないぞ!」と、掃除原理主義の立場から批判することしか思い浮かばないほどである。
それにしても、「御国に全身全霊を捧げ切る」と言う子どもってかなりイヤですねー。こんな口頭試問が出てくる受験って、一体どんな学校なのだろうか? ……もしかして、こんな試験が当たり前に行われていたのだろうか? 嗚呼、神の国とは、本当にトンデモないところであったのだ。合掌。