漂流船物語の活用法


 戦時中に福本和夫がペンネームで発表した書物の一つに『漂流船物語の研究』(北光書房、昭和19年)がある。今でも比較的容易に入手できるし、校訂版が『福本和夫著作集 第7巻』(こぶし書房、2008年)に収録されているので、ぜひ一読をおすすめする。石井研堂ら漂流譚収集の先駆達が残した遺産を受けつぎながら、福本ならではの味わい深く・ひねくれた本に仕上がっている。
 で、それはさておき、手元にある同書の裏見返しに、元の持ち主がこんな一文を書き付けていた。

本書第二早高華語教授実藤恵秀先生の推薦により購入す。
好! 好!
将来出陣し戦場に赴きし時、不時着の時の一助になりといふ。

渡辺×× 昭和19年7月23日

「第二早高」とは、早稲田高等学院の文科のみの2年制コースのことのようだ。実藤恵秀先生は戦後も長く活躍された中国学者で、戦前から竹内好らと接点があったとものの本にはある。渡辺某君が、来たるべき出征に備え「不時着の時の一助」と実藤先生に勧められて、こんな好事家好みの本を読み耽ったというのは、昭和19年という時代を考えるとなかなかに切実なものがある。しかしホントに役に立ったかどうか、とんと見当がつかないのだが。


福本和夫著作集〈第7巻〉カラクリ技術史捕鯨史

福本和夫著作集〈第7巻〉カラクリ技術史捕鯨史