土屋喬雄『国家総力戦論』は対馬忠行著か?

 小山弘健の没後に編集された『戦前日本マルクス主義と軍事科学』(エスエル出版会、1985年)を読んでいたら、土屋喬雄『国家総力戦論』(ダイヤモンド社、国防科学叢書2、1943年)について「この書は対馬が執筆したものとつたえられている」と小山氏が書いている。

著者(=小山)は対馬の生前にその実相を確かめる機会を逸したので、最近著者土屋氏に対馬が同書の作成にどのていど関与していたのか知らせてほしいと、直接依頼状をだしたところ、現在までその返事をもらえずにいる。文章のうえでは、同書は当時の対馬特有の「悪文」とはちがう洗練された平明な文章となっているため、筆者は対馬が直接書いたものかどうかには疑問をもっているが、とにかくこの書の問題は将来の課題としてのこしておくことにする。(同書164頁)

 まことに残念ながら、今となってはことの真偽を確かめるすべはない。土屋本は確か持っていたはずなのだが、例によってどこにいったのやら見当たらないため、もう一冊買うことにした。もしも対馬著であったとしたら、横瀬毅八名で雑誌に発表されていた軍事科学関係の論考の集大成とも言える内容で、まことに意義深いものだ。土屋喬雄は1942年に『日本国防国家建設の史的考察』(科学主義工業社)を出しているが、こちらも参照してみる必要がありそうだ。

 小山『戦前日本マルクス主義と軍事科学』には、小山作成の「戦前マルクス主義兵学関係文献目録」が附録としてついているが、そこに福本和夫が「桜鉄郎」のペンネームで「支那古代兵学孫子評論」という文章を『改造』1933年12月号に書いている、とあった。これはかの有名な『戦争論』についての評論と同じく、釧路の獄中から密かに持ち出された紙風船の用紙に書き付けられたノートによるものだと思われる。福本がこんなペンネームを使っていたとは驚きだ。ただし、同論文は『東洋古兵法の精神』(多賀義憲名義、北光書房、1943年、[『福本和夫著作集』第3巻、こぶし書房、2008年に収録])へと転生したと推測される。