戦争のための受験戦争――「軍歌」について書け!(2)

たしかに陸士・海兵は難関であった……のかもしれない。たとえば陸軍予科士官学校の入試科目は「国語、作文、数学、歴史及地理、理科・物象」。試験問題がこれまたタイヘンなもので、たとえば昭和18年度入試問題の「作文」は

「文題・軍歌」

――「軍歌」のお題でマス目を埋めよというのだから、困ってしまう。苦しまぎれについつい自分で「軍歌」を作ってしまえと考える猛者もいたに違いない。帝国陸軍の試験官はそんなことはお見通しで、わざわざ「【注意】一、「軍歌」とは作歌を要求せしものにあらず」と付け加えているところが笑える。
作文の試験はもう一題あって、

「本八月二十九日午前三時、友達と共に宿を経ち、程遠からぬ甲岬の突端に到り、釣を始めた。やがて夜が明け初めた。其の時である。遥か当方水平線の上方に、点々飛行機らしいものを認めた。確かに飛行機である。数が段々増して来た。音も聞こえて来た。ぐんぐん自分等の方へ近づいて来た。……「敵機乙都市空襲!」これが皆の一致した判断である。「乙市が危い!」「通報」と思った時、自分は既に釣竿を投げて駆って居る」

――という、まるで絵に描いたようなショートストーリーが提示された後に、
「(この)状況に於いて、速やかに最寄の電話を以って防空関係機関に通報せんとす。要件を整へたる簡潔なる通報文案を記せ」――というのが問題。まさに文字通り「実戦的」入試問題である。添付されたショートストーリーもなかなか凝ったもので、とくに最後の「「通報」と思った時、自分は既に釣竿を投げて駆って居る」と、現在形で終わらせるあたり、なんだか文学なニホヒも漂ってくるでワナイカ
 当時は高等教育機関の入試問題は論述式が一般的で、昨今のような○×式・選択式などはほとんど見当たらない。論述となると、陸士の入試だけあって、

「第一次欧州世界大戦以来米英両国がわが国の発展阻害のため企画せし策謀中其の主なるものを列挙し、且大東亜戦争惹起の責任が米英両国に存する所以を論述すべし」(「歴史及地理」第2問題)

――なーんていうお約束の問題も出てくるわけである。テメエで奇襲的宣戦布告をしておいて、「大東亜戦争惹起の責任は米英両国」にあるとは片腹痛いが、「大東亜戦争」は亜細亜解放のため……という公式的かつ主体的戦争規定と較べてみると、“帝国に責任なし”……いわば無責任戦争とでも言うべきおかしな規定になっているのも興味深い。米英のせいで、いやいやながら戦争をやっているとでも言いたいのであろうか。
他方、亜細亜解放という大義名分の方は、この問題に続く第4問題で

「我が国に執り重要にして且不足しある農産物二、鉱産物二、畜産物一を挙げ、アジアに於ける夫々の主産地域三を列挙せよ」

と、あけすけに「資源が欲しい!」と翻訳されているのだからあきれたものである。この問題、まじめに考えてみると、農産物・鉱産物というのはなんとなくわかるが、「重要かつ不足」の「畜産物」とは何なのだろうか。読者諸賢に御教示いただきたい。