軍歌ヱホン「父よあなたは強かつた」


ジャンク品としてタダ同然の値段で入手した『軍歌ヱホン 父よあなたは強かつた』(春江堂、昭和15年)をアップします。『世界軍歌全集』刊行奉祝翼賛企画でありますw
春江堂の「軍歌ヱホン」シリーズに収められているのですが、この曲は正確には戦時歌謡と呼ぶべきなのかもしれません。朝日新聞が一般公募した歌であるとか、もうみなさんご承知でしょうからくどくど書きません。戦死した父を想う歌詞ですが、絵本として展開されると、銃後と前線の情景が時空を飛び越えて並列されて描き出され、その情景のギャップに感動を呼び起こすような仕掛けになっています。最後は、《桜の靖国神社》→《遊就館》→《忠霊塔》というお約束の流れになっています。


で、特筆すべきなのは春江堂のこのシリーズお得意の「はみだし欄」にある“一行説教”なのであります。


お母様への言葉――お子様にかう話して下さい。貴方達のお父様はお強いのです。お国の為に立派に戦ひました。貴方達は本当に幸です。
・安心して学校へも行けるのです。大きくなつてお父様に負けぬやうな立派な軍人や銃後の婦人になるやうに今から確り勉強いたし〔ましょう。〕


お使はきらひ、勉強は嫌だと言つたら兵隊さんに笑はれますよ。泥と汗にまみれて戦つてゐる兵隊さんは、嫌な顔もせずに働い〔ていらっしゃいます。〕
・こはれた自転車も大切に持つて歩く。戦場では買へないからです。貴方達もランドセルや紙や筆を大切にしなければ兵隊さんに済みません。


・寒い暑い。美味しい物が食べたいなんて駄々をこねてはいけません。兵隊さんのことをお考へなさい。日本は今、戦争してゐるのです。
・我儘を言はないことです。貴方達は躰を丈夫にして、勉強して、立派な兵隊さんやお姉さんになるのです。人は我慢することが大切です。


・兵隊さんはどんなに苦労してゐることでせう。私達も兵隊さんに負けぬやうしつかり致しませう。銃後の私達が不平を言つては済みません。
躰を大切に、明るくニコニコしてゐませう。戦地の兵隊さんへ銃後の心配をおかけしないやうに致しませう。戦はまだこれからなのです。


・確りとした覚悟を持ちませう。どんな悲しいことが起つても、落着いて日本人としての誇を忘れぬやう、日頃から心がけておきませう。
・お国の為に神様になられた人達に喜んで頂くやうに、私達は一生懸命勉強し働いて、非常時の日本を護り、明るく強い国にいたしませう。


・倹約しませう。無駄使ひも止めませう。そして献金致しませう。皆さんの一寸した倹約が集まって、愛国機やその他の兵器が造られます。
皆さんが真心こめて造られた兵器を執つて戦ふ、兵隊達の心は尽忠報国の念に燃えています。だから日本は世界第一の強国なのです。


・お子さんや御主人が護国の英霊となられた方も沢山おいでです。この誉の御遺族方にはただ感謝を以て、親切にお尽し申しませう。
靖国神社へのお参りは日本人として、必ず忘れてはいけません。例祭日以外にもお参りすると言ふ心こそ、銃後国民として持つべきです。


大陸が明るくなりました。新しい支那が誕生したからです。この支那こそ、しつかり戦つた兵隊と真心で銃後を護つた私達が生んだのです。
支那の平和、明るい東亜を希ふ私達は、心から喜び祝ひませう。それと共に、靖国の英霊や傷病兵の方には、心からの感謝を捧げませう。


・新しい支那が誕生しましたが、まだまだ大変です。お互にしつかり致しませう。何者にもくじけぬ心こそ、東亜建設に最も必要なのです。
・日本の仕事は大きいのです。私達は聖戦の目的を達する為にどこまでも、一致協力して進みませう。かくて東亜建設の日も近いことでせう。



昭和15年の段階ではありますが、銃後国民の道徳のすべてが二十行で見事にまとめられています。厳しい前線で戦う兵隊さんに思いを馳せさせ、安穏とした銃後に生きる“私達”を引き締める――この構造は変わることなく、銃後国民に繰り返し説教されたものであります。
この支那こそ、しつかり戦つた兵隊と真心で銃後を護つた私達が生んだのです。」とかのフレーズにいたっては、「東亜解放」の理念の内実が赤裸々に語られているではありませんか。これ以上卓抜な聖戦イデオロギーの圧縮化を見たことがありません。
しかし、出水特攻基地や遊就館の感想ノートにあふれる間抜けな感激を見てみると、すでに60年が経とうとしている現代日本においても、この戦争動員説教が人びとの心をいまだに呪縛し続けていると言っても過言ではないように思われてなりません。


1 父よあなたは 強かった
  兜も焦がす 炎熱を
  敵の屍と ともに寝て
  泥水すすり 草を噛み
  荒れた山河を 幾千里
  よくこそ撃って 下さった

2 夫よあなたは 強かった
  骨まで凍る 酷寒を
  背をも届かぬ クリークに
  三日も浸かって いたとやら
  十日も食べずに いたとやら
  よくこそ勝って 下さった

3 兄よ弟よ ありがとう
  弾丸も機雷も 濁流も
  夜を日に進む 軍艦旗
  名も荒鷲の 羽ばたきに
  残る敵機の 影もなし
  よくこそ遂げて 下さった

4 友よわが子よ ありがとう
  誉の 傷の物語
  何度聞いても 目がうるむ
  あの日の戦に 散った子も
  今日は九段の 桜花
  よくこそ咲いて 下さった

5 ああ御身らの 功こそ
  一億民の まごころを
  ひとつに結ぶ 大和魂
  いま大陸の 青空に
  日の丸高く 映えるとき
  泣いて拝む 鉄兜