美談「日の丸おぢいさん」

鹿児島市草牟田尋常小学校が、昭和13年8月に生徒向け副読本として作った『軍国に咲いた花 少年少女たちにおくる支那事変の読物』に、こんなエピソードが収められていました。

『やあ日の丸おぢいさんが来た』
といふので、見ると、向ふから国旗をかついだおぢいさんがやつてくるのです。このおぢいさんは、桑名市の水谷庄六といふ七十五になるおぢいさんで、五六年前からおうちの屋根に国旗を立てて、朝晩ていねいにおじぎをしてゐます。
 また、野良に仕事に行く時は、国旗をかついで行つて、それをそばに立てて仕事をしますので、人々は『日の丸ぢいさん』と呼んでゐるのです。
 おぢいさんは会ふ人毎に
私たちが、こんなに安心して暮らせるのは、皆この日の丸のおかげですよ』と、国旗のありがたいことを話してゐます。
 なんと感心なおぢいさんではありませんか。

 近所の変人が、非常時下では愛国者となる――という心あたたまるエピソードです。近所で言われている「日の丸ぢいさん」は明らかにド変人に対するアダ名ですが、美談としてとりあげられると「日の丸おぢいさん」という、なんだか昔話の登場人物のような風味になっています。
 家の屋根に「日の丸」を立てる、というのは、まあ、他にもそんな例があったかもしれませんが、水谷庄六さんのスゴイところは、野良仕事の最中でも畑に「日の丸」を携えていくところですね。これは、「国旗」というよりも、「護符」「魔除け」に近い「日の丸」利用法で、たいへんめずらしい事例だと思われます。