幻想の慰問

『家の光』昭和12年11月号

 多田北鳥画「接待」とクレジットにはあります。

 大陸・北支とおぼしき城壁が背景に見える。設定としては「戦闘が一段落ついたところで、疲れた兵士達に国防婦人会が湯茶の接待を……」てな感じであろうが、国防婦人会の割烹着オバサンがこんなところに出現するはずもなく、まさに「……こうだったらいいな」的幻想絵画なのであります。国防婦人会の奥様は、鉄瓶から白湯(お茶かな?)を水筒に、ややニヤっとしている兵士達は湯呑みを口に……というのが現実と幻想が混交している境界線であります。ただ湯呑みからお茶を飲んでいるだけではただの幻想で、あまった白湯を水筒に入れているところに、幻想の貴婦人が戦場の現実に侵入しているという構図が出来上がるのではありますまいか。婦人の肌はあくまでも白く、襟足は色っぽくという描き方も、戦塵にまみれて茶色い肌になっている兵士たちとの対照的効果を醸し出しています。

 昭和12年当時では、銃後と前線との関係はまだこんなに牧歌的というか、「兵士を支える銃後婦人」というステレオタイプが十分通用したわけですな。ステレオタイプだからこそ、愛国婦人の位置づけられ方が端的に表現されているので、凡庸な絵柄ながらずいぶんとイデオロギッシュで興味深い画面であると言えましょう。


多田北鳥(ただ・ほくう)って、と往時はかなり人気のポスター絵師だったそうです。キリンビールのこのポスターは、古書展で見たことがあります。


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