これぞ決戦旅行体制!


『旅』昭和18年6月号 東亜交通社

表紙には大きく「旅行指導雑誌」と刷り込まれている。この飽くなき指導精神にやや萌え。つーか、大きなお世話。誇り高き大日本帝国臣民の公共マナーの未開ぶりを示しているのがこの記事。

これぞ決戦旅行体制
五月から静岡で実施

名古屋鉄道局静岡管理部では決戦旅行体制強化運動と銘打つて、放行道徳向上運動を、軍部警察、翼賛会等の協力の下に、五月から実施する。これは単に宣伝のみの空廻りに終らせることなく、積極強力なものとして行ふぺく、次の如き広範囲の綜合的実践運動を展開する。
一、通学生一座席三人掛実行
二、真中乗車一列乗車の励行
三、通学生一般客への譲席励行
四、主要駅軍官民一体の空襲下旅客避難訓練施行
五、三等客の二等席への便宜乗車を禁止
六、車内食べ殻持婦り励行、同時に駅内、待合室内の浄化運動も行ふ。拡声器放迭により旅客に訴へる。

放迭内容=
皆さん待合室車内を清潔に致しませう。待合室内は皆さんの庭であり部屋であります。食ぺ殻は必ず屑箱にお入れ下さい。又客車の中には屑箱がありませんから捨てずにお持ち帰り下さい。鉄道は車内掃除を次第に廃止します。車内掃除の人手を、もつと大切な所に使はなければならないのです。お互ひの食べ殻は自分で始末するやうに必ずお持帰り下さい。

「決戦旅行体制」というフレーズは、「決戦」と「旅行」という一見縁遠い概念が一体になっているので、えもいわれぬ印象的ないい味を出している。決戦下でも旅行はする、ということなのだなぁ。
それにしても、決戦旅行体制の中身はかなりトホホで、大日本帝国臣民は昔から他人に席を譲らなかったと見える。車内の弁当殻問題は相当深刻であったようで、「写真週報」などで見る限り当時の列車内はめちゃくちゃゴミだらけ。しかも総動員体制下で「鉄道の車内掃除を次第に廃止」というのだから、車内の不潔度はさらに拡大することが見込まれたのだろう。それにしても全国津津浦々の「教育勅語」ファン、修身ファンに問い詰めたいのは、さんざん【道徳】が叩き込まれていたはずなのに、このザマは何だということ。もしかしたら、こうした公共道徳の欠如は、わが天孫民族の「優秀性」のあらわれ、もしくは民族の伝統的資質なのかもしれぬ。