戦争とお菓子 (1)

「戦争が始まると、いったいお菓子はどうなるのか?」 昭和12年7月に勃発した盧溝橋事件の直後、全国のお菓子屋さんは震撼した。ただでさえ「非常時局」下で奢侈品への風当たりがだんだんと強くなっているのに、今後予想される物価統制・物資統制をどうのりきっていくのか、菓子店主人の心中に暗雲が立ちこめたであろうことは想像に難くない。
こうした業界の不安を一掃すべく、当時の菓子業界専門誌『製菓実験』(製菓実験社)は、すぐさま同年9月号で「戦争と菓子」を特集した。お菓子だけあって、かなり香ばしい記事満載だ。

菓子店よ、時代と共に進め!

国を挙げて未曾有の難局に対処せんとするの秋、営業者として、厳に戒むべきは、不正と貪欲である。
支那事変は、暴戻支那膺懲の聖戦であると同時に、対内的には、非愛国的支那流悪徳分子掃滅の道徳戦でなければならぬ。
菓子店よ、技術者よ、時代と共に進め とは、我等が常に誌上に於いて叫んで来た事であった。而も、時代として、今日ほど重大な時代はない。
本誌は、諸彦が此際時代に対する正しき認識を持たれ、熾んなる愛国心を以つて、業界全体の名誉と信用の維持に健闘されんことを切望するものである。

製菓実験社社主・金子倉吉の巻頭言から、かなりファナチックな“菓子報国”宣言である。菓子業界の生き残りのためとはいえ、対内的には、「非愛国的支那流悪徳分子掃滅の道徳戦」だなどとヌカすにいたるとは、まことに恐ろしいことである。そもそも「非愛国的支那流悪徳分子」とは一体なあに? と深窓の令嬢風に問い返したいほどであるが、ともかくKGBもびっくりの菓子業界による社会粛清宣言なのであろう。いやあ、一介の菓子業界専門誌の編集長をここまで狂わせるのだから、戦争とはおっかないものだ。(つづく)