靖国神社本は儲かるか?
『靖国 慰霊と鎮魂』政治経済研究会
高橋哲哉氏『靖国問題』の大ヒットをうけて、「2匹目のドジョウ」とばかりに学問的著作から阿呆のルサンチ漫画までピンキリの靖国本が数冊後続した。が、そんな出版界の動向とは無関係に、ある大部の靖国本がひっそりと版を重ねている。それがこの『靖国 慰霊と鎮魂』だ。
407頁、重さ2・3キロ、厚さ50ミリ、定価3万8000円……まさに靖国本の親分的重厚さであるが、本屋で買っても持って帰るのに異常に難儀するようなこの本、果たして買う人がいるのか? と思ったらナント1年で9刷というのだからすごい。にもかかわらず本屋で見たことがない。おかしい、と調べてみたら、やっぱり某業界の商売用の本だった。
要するに企業の総務部や自治体に請求書とともに一方的に送りつけて購読要請をする類の本なのだ。部落解放同盟によれば、「同和文献保存会」を名乗るエセ同和団体の系列らしく、どうりで無意味に値が張るわけである。
どーせそんなところが出しているんだから……と思いきや、参考文献として村上重良『慰霊と招魂』、田中伸尚・田中宏ほか『遺族と戦後』、藤原彰『沖縄戦』など普通の右翼なら挙そうにないものも入っており、へぇーという感じである。
中身もなかなかマニアックな構成だ。まずは靖国神社の戦前戦後を、各種公式パンフや歴史書から無断引用してコンパクトにまとめ、「英霊の遺書」「文学における靖国神社」などをこれまた無断引用。これだけでもかなり安上がりだが、さらに「各界の意見」として右翼の「靖国国家護持意見書」から左翼の「靖国公式参拝反対」の抗議文までをバランスよく収集、「箕面忠魂碑訴訟」など靖国関連訴訟10本のそれなりに良心的な解説を収めている(が、これは『ジュリスト』や『判例タイムズ』からのまとめであろう)。
とにかく、引用の切り張りで作り上げているのだが、資料集としては使える駄本なのである。
エセ同和団体が意外とマジメだったのか、製作を依頼された編集プロダクションが実は靖国に批判的だったのか真相はわからないが、奇妙かつ面妖な靖国本に仕上がっているのだ。
この「ねじれ」が一番漂うのが、巻頭のカラーグラビアに添えてあるポエム(苦笑)。なかでもグラビアの最後に載せられている月明かりに照らされる靖国神社の写真には、
月明かりが
照らし出すのは、
始まりも終わりもない
悠久の時間。
社の夜の夢想を
私たちは知らない。
立ち現れるのは、
終末の皆既日食か。
とある。前半はよくエロ本にあるようなまったく意味不明の糞ポエムだが、ラストの「終末の皆既日食」というのが意味深で、なんで「終末の皆既日食」と靖国が結びつくのかサッパリわからない。エセ同和団体会長氏のロマンチシズムにも読めるし、うんざりしながらこの仕事を受注したライター氏の精一杯の皮肉ともとれるし……とにかくこんなヘンな本が世の中に出回っているのだなぁという社会勉強にはなる。
ちなみに、「日本の古本屋」というサイトでこの本を検索すると、全国各地の古本屋に持ち込まれて、一冊2000円〜4000円で店頭に出ているらしい。買ってもサイズがデカすぎて普通の本棚には入りませんが。