皇紀2591年の夏休み

夏休みが待ち遠しい季節がやってまいりました。戦前の高等小学校にも夏休みがあり、もちろん夏休みの宿題まであった――まあ、それは驚くことではないが、ではどんな宿題が出ていたのかについては、意外と知られていない。
昭和7年(1932年)の高等小学校(今の中学校にあたる)第二学年向けの「夏期学習帖」を入手した。
元の持ち主は南小川村(現長野県上水内郡小川村)在住の松本某君である。
松本君は文系志望であったようで(笑)、修身と国語・国史の問題は埋めているものの、理科・算術・地理はすべて無視、真っ白けである。さぞかし先生に怒られたことであろう。
この「夏期学習帖」の大きな特徴は、選択式・○×式の設問が一切なく、すべてが記述式であるという点だ。それもおそろしくブッキラボウな記述式設問で、たとえば
徳川家光のえらい点を書け」(国史
「腐敗について書け」(理科)
「何故に天然記念物を保存する要があるのか」(国語)
「山の月」とか「海の月」とかいふ題で文を綴りなさい」(国語)
――といった調子なのだから、アタマをかかえてしまう。
徳川家光のえらい点を書け」など、かなり難度高しであるが、まだこれはいいほうである。修身にも問題集があり、これがまたキョーレツなのだ。
「問 勅語に「皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ」と宣へるは如何なる義か」
教育勅語ネタはあるだろうなと予想していたが、これに松本君が「我が神国の根本精神をお示しになったものである」とエンピツですらすらと書き込んでいるのがスゴイ――てゆうか、どう考えても答えになっていないのだけれど、当時はそれでOKだったということもスゴイ。
「問 常時における忠君の道は如何にすれば全うし得るか」
松本君答えていわく「我が国にあつては忠君と愛国とはまったく一あって相分れないのである」。ううむ、これまたわかったようでわからない答えである。どうやら松本君は修身の教科書を引き写しているようだが、微妙にトンチンカンなところがおかしい。
「問一 夫の務を書け 問二 妻の務を書け」……それが中学生に出す質問なのかよ!
たぶん未婚であったろう純真な松本君はどう答えたか?「我等はさきに人には男子の務と女子の務があることを学んだ」?? 松本君、チミは先生をナメとるのかね!と怒られかねない不真面目回答であるが、こんなくだらない質問にはこれでよいのかもしれない。性差にもとづく社会的役割を平然と固定化するような教育が日本的イエ社会を形成・補強し、その頂点にたつ天皇制を支えてきたのだなーとあらためて感服する。
松本君の夏休み帖は8月26日で終わっている。今から73年前の8月26日の天気は「雨」。ちなみにその日の設問は「夏休み中にあったことで、最も深く感じたことを綴りなさい」であるが、松本君はそれを完全に無視して、夏休み最後の日々を心おきなく楽しんだようだ。合掌。