靖国の遺族への思想調査 (承前)

昭和16年4月17日付の、警視庁警務部長発、外務省東亜局長宛のこんな文書がある。

靖国神社臨時大祭参列遺族ノ身許調査ノ件照会

来る二十五日靖国神社臨時大祭執行に際し之に参列する遺族(満州国中華民国在住者)の身許調査に関しては曩に陸軍省副官より御照会有之候事と存候も右調査の結果に関しては警衛上注意を要する者の有無共(若し有之節は其住所、氏名、年齢並其の内容を具体的に)直接当方にも御通報相煩度此段及照会候也。
(略)
一、素行上注意を要する者に非ざるや
 1、精神病者に非ざるや
 2、平素不平不満を抱懐し居り上書建白等の惧れなきや
 3、其他警衛上注意を要するものに非ざるや
二、遺族に対する賜金を繞り家庭争議等を起し悪化し居るものに非ざるや

いくら「誉の遺族」と持ち上げたとしても、実のところ大日本帝国が彼らに向ける眼差しは、これほど猜疑心に満ちたものであったことがよくわかる調査項目である。「精神病者に非ざるや」なんていう非礼な質問は許しがたいが、現在でも「警備上の理由」と称して、天皇行幸の直前にはこうした調査が秘密裏に行われているらしい。「民草」への感性は変化がないのだろう。それにしても「遺族に対する賜金を繞り家庭争議等を起し悪化し居るものに非ざるや」なんてえ家庭の秘部まで調べ上げよというのだから、おそるべき警察国家というほかはない。
防衛研究所の綴りには、この要請に基づいて在外公館が総がかりで外地から参列する遺族の身上調査に狂奔した様子が事細かに綴られている。こんなくだらない調査報告がほかにも膨大にあって、それがFAXもインターネットもない時代にかなりの経費を費やして海を渡っていたのだから、現人神=天皇の前で何かコトが起こるのを防ぐという官僚的自己保身が原動力とはいえ、大日本帝国の通信インフラは神がかりの阿呆文書であふれかえっていいたのだろう。