真昼の暗黒 アーサー・ケストラー

 岩波文庫で今年8月に新訳が出ていた。タイトルはかなり有名な本なれど、これまで読む機会がなかった。半日でむさぼるように読了。
 革命の英雄であった主人公は、ある日突然逮捕され、尋問され、やがて「人民の敵」として罪を自白し処刑される――その過程をえがいた政治的寓話の傑作。刊行されたのは『1984年』よりも前だったのですね。尋問シーンはオーウェルにも大いに影響を与えていると思うが、大きく違うのは「党/体制」側の人間の描き方。スターリニズムの公式イデオロギーと、〈党〉の論理の語らせかたにリアリズムがあるから、同じイデオロギーと思考法を持つ主人公が、いかに論理的に追い詰められてゆくのかをきちんと描いている。オーウェルのように「この指は何本に見える」なんて言わせていない。
 茶番劇としての自覚が双方にあり、いかにきれいにゲームを終わらせるか、冷酷無比な政治の論理のなかで、ともにオールド党員である主人公と検事イワノフとのやりとりは、ひじょうにシニカル。ブハーリンはなぜ人民裁判で土下座しやすやすと銃殺されたのか。『ブハーリン裁判』(鹿砦社)を読んでもその理由はけっして浮かび上がってこないのだが、ケストラーはみごとにその政治的卑屈の起源を説き起こしていると思った。

 この人の経歴は本当に面白いので、解説をぜひ読んで欲しい。Wikiのも見てみたが、無味乾燥だった。スペイン革命の挫折、スターリニズムへの絶望……ああ、オーウェルと同じだ。だからもう、涙なくしては読めない告発の書。
恥ずかしながら、これまで『飛ぶ教室』の人だと思っていたら、別人だったのですね。『ホロン革命』の人だった。


真昼の暗黒 (岩波文庫)

真昼の暗黒 (岩波文庫)