激怒している小ブルジョア大衆――山口定『ファシズム』

有斐閣のベストセラーだった本書も、アホな版元が版権を手放したらしく、岩波現代文庫から出ていた(ことに一昨日気付いた)。
最近の「格差社会」論のカテゴリーに、どうして階級脱落(デクラッセ)が見あたらないのか不思議でならない……小生が知らないだけかも知れないけど。「没落する中間階級」がファシズム誕生の原動力……というのは、学問の世界ではあまりにも古色蒼然とした見解のようだが、最下層のAdobe奴隷になってみると、なかなかに納得のいく考え方である。

同じ著者による『ファシズム論の諸潮流』は、あいかわらず古本屋でも高値が付いており手が出せないが、某図書館でまるごとコピー本をつくってしまった。
同書で紹介されているさまざまな「ファシズム論」のうち、やはり赤魔トロツキーファシズム規定がもっとも的確。

ファシズムの体制は議会主義の破壊に基礎をおいている。権力の独占的ブルジョアジーにとっては、議会主義政体もファシズム政体も自らの支配のための異なった道具としか見えない。ブルジョアジーは歴史的局面に応じて、そのいずれかに手をさしのべる。しかし、ブルジョアジーによって行なわれるこの道具の選択は、社会民主主義にとってもファシズムにとってと同様、それ自体として重要性をもっている。いや、それ以上にこの選択は、彼らにとって政治的な死活の問題なのである。議会主義によって隠蔽されたブルジョア独裁の「正常な」軍事・警察的手段が、社会の平衡を保つ上で不十分になったときにファシズムの時代がおとずれる。ブルジョアジーファシズムという出先機関を使って、激怒している小ブルジョア大衆、最下級層の一団、道徳的頽廃に陥ったルンペン・プロレタリアートなどの、金融資本自身が絶望と憤怒のなかに落しこんでいる無数の人間を動員するのだ。

トロツキー選集(現代思潮社版)第七巻116〜119頁

ファシズム (岩波現代文庫)

ファシズム (岩波現代文庫)